ベティー・イーディー著「死んで私が体験したこと―主の光に抱かれた至福の四時間」

うつこころリンクユニット

生まれてきた意味、どんな人間でも愛され守られている事を教えてくれた本!

うつの波にもまれていた時、心が辛くて、辛くて仕方ないときに出会ったのが、死んで私が体験したこと―主の光に抱かれた至福の四時間 と、いう本です。ふと訪れた図書館で、何気なく手にしました。今の疲れた心をいやすためには、この本を読むべきと、自然と導かれた気がしてならなかったです。

「死んで私が体験したこと―主の光に抱かれた至福の四時間」は、インディアン女性を母に生まれた「ベティ―・イーディー」という女性が31歳の時に体験した、4時間の臨死体験が書かれた本。ベティ―・イーディーの臨死体験は、アメリカや日本でも大反響を呼んだそうです。1995年に発行された本で、今では中古本でしか手に入ることができないようです。

今まで死後の世界については、江原啓之さんのスピリチュアルの本を通して知っていました。しかし、ベティ―・イーディーの臨死体験は、自分がまるで実際に臨死体験をしたように、死後のひとつひとつの出来事がこまかく記されていました。

ベティー・イーディー著「死んで私が体験したこと

死んで魂が肉体から離れていき、天国へと導かれていく状況。臨死体験として天国に行くまでではなく、天国に行って神の存在、天使の存在、今まで知り得ることができなかった、死んだ先の先まで知ることができます。

なぜこの世に生まれて、なぜ死ぬのか。大体の事は分かっていたのですが、ベティーの本を読んで、魂と魂のつながり、神の存在。自分に降りかかる病気や、この世で起こるすべての事は、人としての成長にとって大切なこと。生きていることがどんなに素晴らしいか、ということ。

鈴木秀子さんの訳が良いのか、本の内容も難しい言葉を使っていないので、うつで思考能力が落ちている管理人でも、内容がす~っと頭の中に入ってきました^^

死んで私が体験したこと―主の光に抱かれた至福の四時間 ベティー イーディー、Betty J. Eadie、 鈴木 秀子

自分がなぜ、この世に生まれてきたのか。苦しみも辛さも、決して無駄ではないこと。

祈りの存在。人が喜ぶ事を進んですることで、愛が広がっていく。自分がどれだけ見えない存在(神様)に守られているか知ることができました。

物質中心の現世に生きていると、忙しく働き、物を得ることや人からどう見られるかばかりに、執着してしまって、心が病んでいまいます。この世の中で生きるのは辛くて当たり前。人間として成長するために、自ら辛い体験を積むために生まれてきていること。

ベティ―の本に出会うことで、死後への恐怖がなくなったこと。どんなに辛くても、孤独でない、見えない力に見守られているという安心感。

心の病んだ部分が修復されたような、心が折れたとき読み返すたびに勇気をもらえるバイブルになっています。著書の中ではイエス様が出てくるのですが、カトリック教徒でなくても、宗教を超えて受けいられる、理解できる内容だと思います。

ベティ―の臨死体験の本は、うつで孤独感を感じる、生きている意味を感じられない、という方に、是非手に取ってほしいと思います。